スピッツ「ルナルナ」の分析
今回は『ハチミツ』に収録の「ルナルナ」を取り上げます。スピッツの楽曲には珍しくセブンスコードがつかわれているため、なんとなく爽やかで洒落た雰囲気が出ていますね*1。タイトルのモチーフは、手塚治虫『ブラック・ジャック』に登場する白いライオンの名前からだそうです。
- キー=C
- ダイアトニック・コード=Cmaj7、Dm7、Em7、Fmaj7、G7、Am7、Bm7-5
- ノン・ダイアトニック・コード=A7(キーDmのドミナント)、D♭maj7(G7の裏コード)
- 構成=in-Aメロ×2→サビ→Aメロ→サビ→間奏→サビ-out
Aメロ
Cmaj7 Fmaj7 Em7 A7
忘れられない小さな痛み 孤独の力で泳ぎきり
Dm7 D♭maj7 Cmaj7
かすみの向こうに すぐに消えそうな白い花
Cmaj7の短いイントロにつづいて、Cmaj7→Fmaj7(T-SD)と強進行します。これがもたらす不安定な印象は、Em7(T')でわずかに解消されたあと、A7へ強進行することにより(T'-D)、ふたたび維持されます。A7はノン・ダイアトニック・コードで、つづくDm7のV7(D)と考えられます(セコンダリー・ドミナント)。
この一行目は、コードが詞の印象を形づくっているという点で重要な部分だと思います。すなわち、「忘れられない小さな痛み」の末尾は「みー」と小さく伸ばされ消えていきますが、ここにFmaj7の不安定さが重なることで、なんとも言えない物哀しさが生まれています。「孤独の力で泳ぎきり」の「りー」に重なるA7や、2番にあたる詞の「羊の夜をビールで洗う」の「うー」、「冷たい壁にもたれてるよ」の「よー」にも同様の効果がみられるといってもいいと思います。草野マサムネさんの書く詞は、難解で意味がわからないとか、現代詩のようだと言われます。その詞をいかに解釈しようとも鑑賞する人の自由ではありますが、詞の意味やイメージは、コードを代表とする「音」によって色づけられていることは無視できない事実でありましょう。
つづくDm7のあとのD♭maj7はCmaj7の半音上の裏コードです。G7の代わりにD♭maj7をつかうことで「すぐに消えそうな」という詞のムードがうまく演出されているように思います。2番では「みだらで甘い」という詞にD♭maj7が当てられますが、裏コードの面目躍如たり、実にエロい感じになっています。以上、ここではEm7→A7→Dm7→D♭maj7→Cmaj7と4回つづけて強進行しています。度数で表せば、3→(5)→(1),2→2♭→1と、ドミナント・モーションが2回起きていることがわかります(T'-D-T,SD-D-T)。象徴的な詞と相まって、車窓から眺める景色がゆっくりと移り変わっていくような、進行感にあふれるケーデンスになっています。
サビ
F G C Am7 F F/G Am7
二人で絡まって 夢からこぼれても まだ飛べるよ
F G C Am7 F F/G Cmaj7
新しいときめきを 丸ごと盗むまで ルナルナ
Aメロは4和音(セブンス)でしたが、サビに入ると3和音(トライアド)が使われています。アタマのFこそSDの機能を持っていますが、緊張感があるCmaj7からの流れで聴けば、ここで雰囲気がシマって明るくなった印象を受けます。とすれば、この楽曲は、緊張感を持つ不安定なAメロと、安定したサビのふたつに大きく分けて考えることもできると思います。さて、サビは、F→G→C(SD-D-T)とドミナント・モーションをしたあと弱進行(C→Am7)(T-T')し、そのまま、F→F/G→Am7(SD-DあるいはSD-T')と雰囲気を繋ぎとめるような進行します。Am7は次への展開を予想させますが、二行目も同様に強進行-弱進行-F→F/Gと来て、今度はキーであるCmaj7に落ち着きます。ただ、ここでふたたびセブンスに変わっているために、なんとなく落ち着き切れない感じは残ります。
この曲は、ドラマティックに動くAメロとサビのコントラストが絶妙だと思います。ギターで弾き語ると、とてもキモチいいですね*2。