小曽根真&ゲイリー・バートン ツアー 2013 「TIME THREAD」

 管に板がのっているだけなのに、ゲイリーが叩くとまるで芳香が立ちのぼるような音がする。ヴィブラフォンを指さして小曽根氏は言った。ステージ上で軽いジョークを飛ばし合っていたふたりが、深い信頼と尊敬の念で繋がっていることを確認した瞬間であった。

 小曽根真ゲイリー・バートンの国内ツアーがスタートしている。今年は小曽根氏がニューヨークでデビューしたときから30年に当っており、一方のゲイリー氏は1月に70歳を迎えた。両氏の節目の年に、3枚目のデュオアルバム『タイムスレッド』が録音され、そのお披露目コンサートが6月末まで企画されている。

 わたしは日頃からジャズ好きを標榜しているとはいえ、興味は主にビバップから1970年頃のフュージョン前夜までと偏っており、それ以降、特に現代のジャズとなると熱心に聴くことはほとんどない。しかしながら、小曽根真ゲイリー・バートンの名は耳にしたことがあり(つまり両氏は「有名」なのだ)、演奏も昔の盤やYouTubeなどでいくらか聴いたことがあった。そうした「世界レベルのミュージシャン」の演奏をジモトで聴けるのである。こんなチャンスはそうあることではないと、興奮まじりにチケットを購入したのであった。

 会場のステージにはピアノとヴィブラフォンが置かれてあるだけで、マイクによる音量調整はなく、演奏は文字通り生音で行われた。1曲目の演奏を聴いた時点で気がついたのだけれど、両氏の音楽は、自宅のステレオで聴く音とは明らかに違って聴こえてくる。端的にいうと迫力が違う。最弱音から最強音までの幅、すなわち表現される音域がものすごく広いのである。そのおかげで、バラード演奏での繊細な音づかいにはじめて眼を開くことができた(こうした豊かな生音を自宅でも再現したくなって、ひとはいわゆるオーディオマニアになっていくのかも知れないな)。


タイム・スレッド

タイム・スレッド

 「グループで演奏するということは、いわば座談会のパネラーになるようなもの。それがデュオの場合、まさにふたりだけの対談になる。音楽に置き換えると、ギミックなしの真剣勝負であり、私には最もエキサイトするセッティングであり続けている」(バートン)*1


 ライブは二部構成で、前半は昔の曲を中心に、後半は最新アルバムからの演奏となった。いくら面白いといっても、2時間近くもジャズを聴いていると、その力強さと密度にヤラれて、疲れたり飽きてしまったりすることがあるけれど、今回はまったくそんなことが無かった。むしろ、このままいつまでも聴いていたいと思ったくらいだ。「いま目の前でだれかが演奏している」という、ややもすると見過ごされがちな事実をつねに思い起こさせてくれたからだろうか。とにかく、両氏の演奏には、疲れを快楽に変えてしまうような官能的なスリルがあった。

 余談であるが、メディアが発達して、時間や場所を選ばずに誰もが気軽に音楽を聴けるようになるにつれ、あるいはコンピュータで音を切り貼りすることが常識になるとともに、「そこで誰かが演奏している」という音楽の根源にも関わる事実が、すこーし見えなくなってきているように思う。これを忘れちゃったら、音楽の楽しみって、ものすごく減っちゃう気がするんだけど、どうでしょう?

 さて、最新アルバム『タイムスレッド』の曲は、すべて小曽根氏の手によるもので、ゲイリー氏との思い出からいくつかのシーンを切り取った、いわば「標題音楽」となっている。どの曲も聴き応えがあるけれど、なかでも、4.アステカの太陽、9〜11.組曲 フランスでの長いいち日が好きだな。前者は、小曽根氏がゲイリー氏のバンドに誘われたときに居たメキシコ料理屋の名前からつけられたとか。曲の後半に向かって喜びが跳ねるように展開していくさまが面白い。組曲は、まさにフランスの風が吹いてくるような爽やかさがあって、アルバムの締めにふさわしい(なんとなく、ゲイリーバートン&チックコリアの「La Fiesta」を想起してしまう)。

 終演後、サイン会があったので、パンフレット片手に嬉々として列に加わった。ゲイリー氏を前にしてひと言、ふた言、−I am a big fan of yours...please come to Japan again、と申し上げると、彼は「THANK YOU VERY MUCH」と堂々とした表情で握手してくださった。



 どうぞ皆さんにはアルバムはもちろんのこと、両氏の演奏をぜひ生音で楽しんでいただきたいと思う。


小曽根真(ピアノ)&ゲイリー・バートン(ヴィブラフォン)ツアー2013 スケジュール


<参考映像>

*1:ツアーパンフレット、p16