労働法入門

■ 水町勇一郎 『労働法入門』 岩波新書 2011

労働法は、人々の労働に対する意識を反映しながら形作られてきた。この本では、日本の労働法の本質と特徴が、欧米の労働法との比較を交えながら明快に述べられている。

労働法入門 (岩波新書)

労働法入門 (岩波新書)

労働法の歴史を簡単にまとめてみよう。

人間は太古の昔から働いてきたが、多様な活動が「労働」という概念で包括的に捉えられるようになったのは、アダム・スミスが『国富論』を著した18世紀後半だといわれている。この「労働」という概念に、国家が社会的な保護を与える「労働法」が生まれたのは、19世紀のことだった。

その背景には、市民革命と産業革命があった。

フランス革命は、人々を伝統的な諸規制から解放し、それぞれが自由で独立した存在であるとした。これは「自由で平等な個人」が当事者同士で結んだ「契約」に基づいて社会が形作られることを意味した。さらに、市民革命と前後して、産業革命が起こった。生産の拠点が小規模で家族的雰囲気の作業場から都市部の大工場に移され、多くの人々は、「個人の自由」と引き換えに「社会の保護」を失い、不安定な雇用状況や劣悪な労働環境で働くことを余儀なくされた。

そうした事態が深刻化するなか、労働者を過酷な労働や生活の不安定さから守るために発明されたのが「労働法」であった。労働時間の規制や社会保険制度を与える「集団的保護」と、団体行動を認める「集団的自由」を2つの柱として、労働法は、20世紀には経済成長と強く結びつきながら大きな発展を遂げていくことになる。

第二次世界大戦後の日本では、労働法による賃金の引き上げや福祉政策による社会保障の充実が、国民の購買力を引き上げ、需要の拡大や生産性の上昇といった経済成長をもたらす要因となった。また、その成果が、社会的保護をよりいっそう充実させる形で労働者に還元され、さらなる消費拡大と経済成長がもたらされた。このように、社会的保護と経済成長が有機的に結びつく「黄金の循環」は、先進国では共通してみられた現象であった。

しかしながら、1973年の石油危機を契機とした世界的な社会変動のなかで、労働法は大きな転機を迎えることになった。高度経済成長の時代が終わり、低成長やマイナス成長のなかで産業構造は変化し、新興国の台頭も相俟って、企業の経営はかつての画一的なものから複雑なものとなった。また、働く労働者も多様化し、「集団的で画一的な保護と規制」を掲げた労働法は、社会の多様で複雑な変化に十分対応できなくなったのである。

著者は、これからの労働法のあり方として、「国家」と「個人」、さらにそれらを補完する「集団」を適切に組み合わせたモデルを提示している。

グローバル化の進展によって、人間の基本的な価値が侵害される事態が深刻化しているとすれば、「国家」の介入によって必要な措置を講じる必要性は高まっている。また、一方では、国家が画一的にルールを定めて強制するのではなく、多様な状況に置かれている「個人」の選択を重視する必要性も高まっている。しかし「国家」は急速な変化に対応する能力の面で限界があり、「個人」もまた社会的不平等などの弊害をもたらすという点で問題がある。

そこで、両者を補うものとしてあげるのが「集団」の視点である。「集団」とは労働組合や労働者代表組織などのことである。それらのネットワークによって、問題の認識と解決や予防を行い、また、そのための制度的な基盤を作りあげていくことが、これからの労働法の重要な課題となるという。

ここで変革の鍵を握っているのは、現場で働いている労働者の声とそれを受け止める会社の姿勢である。一人一人が、「個人」として自分の生き方や働き方を決め、「集団」のなかで自分の意見や考え方について発言することによって会社や社会の持続的な発展に貢献し、また、民主主義のプロセスを通じて「国家」のあり方にも関与する。労働法は、人びとの意識や社会のあり方と深く結びつきながら、動態的に変化していく。これからの労働法のあり方を決めるのは、皆さんである。

(本書 帯より)

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